旧そごう元社長の水島広雄氏の経歴・不祥事

旧そごう元社長の水島広雄氏が逝去されました。享年102歳
一時は広い人脈とそれによる資金を得てそごうを売上高日本一にするなど手腕を発揮。
しかし、バブル崩壊によって経営破綻に追い込まれ、自身も破産しました。

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プロフィール

  • 京都府舞鶴市出身
  • 1912年4月15日生まれ
  • 学歴:拓殖大学予科→中央大学法学部(首席卒業)
  • 職歴:日本興業銀行(現みずほ銀行)→そごう
  • 1953年法学博士号を取得
    東洋大学法学部教授・中央大学非常勤講師・東洋大学名誉教授を務めた

1938年に結婚し、一男をもうけるものの1943年に協議離婚。
その後1945年に陸軍中将の娘である上原静と再婚。
妻・静の兄がそごうの大株主の板谷家に婿入りしていた縁で水島氏がそごうの経営に携わるようになったのだそうです。

不祥事について

百貨店の中で売上高最下位だったそごうを最盛期にはグループ売上高1兆2000億円と国内トップにまで押し上げた水島氏。

まさに“カリスマ経営者”として君臨していました。

しかしバブル崩壊後、金融不況により資金繰りが悪化。
1兆8700億円の負債を抱え民事再生法の適用を申請し、倒産にまで追い込まれました。

負債額がハンパないですねぇ。

そんな中、水島氏が個人で連帯保証した債務の負担を日本興業銀行から求められ、差し押さえ命令が出されました。
ところが、差し押さえを免れるため水島氏は資産の一部およそ1億5600万円を解約・現金化し自宅に隠していたとして強制執行妨害容疑で逮捕。

これだけの負債を負わった責任があるなかで、個人の財産だけを守ろうとしたなんて“カリスマ経営者”にあるまじき行為ですね。

経営者としての評価

アメリカで成功したレインボーの法則を元に店舗経営を展開。

虹のように首都圏をぐるりと取り囲む形で出店を進めていきました。
さらには売り場面積も拡大。

この出店攻勢と売り場面積拡大という積極戦略で一気に売り上げを伸ばしていきました。

高度経済成長の安定成長期の波に乗ったというところでしょう。

しかし、土地の高騰を見込んで銀行の融資を受けながら出店を続けた結果、バブル経済が崩壊
多額の負債を抱えることになります。

水島氏が日本興業銀行出身で結びつきが強かったということもあったのかもしれませんね。

いずれにせよ、バブルに踊らされた一人だったんでしょう。

しかし、一時期そごうを国内トップまで押し上げたことは事実。
その要因のひとつに人脈の広さがあったと言われています。

「戦後最大のフィクサー」と称される大谷貴義、右翼運動家で暴力団・錦政会(後の稲川会)顧問の児玉誉士夫、元総理大臣の福田赳夫など。

戦後日本を陰から動かしてきたような人物ばかり。

そうした人脈もあって国内最下位のそごうをトップにまで持ってこられたんでしょう。

ただ、戦後の経済復興の流れをくんだ経済成長が曲がり角を迎えたタイミングで表舞台から姿を消したとも言え、いわば一時代の終わりを象徴するような人だったのかもしれませんね。

102歳という大往生。ご冥福をお祈りいたします。

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