任天堂の岩田聡社長の経歴・家族、天才と呼ばれる理由

任天堂を躍進させた立役者として名高い岩田聡(いわたさとる)社長。
その傑出した才能から“天才”と呼ばれる岩田社長について詳しく調べてみました。

スポンサードリンク


プロフィール

  • 北海道札幌市出身
  • 1959年12月6日生まれ(54歳)
  • 学歴:北海道札幌南高校→東京工業大学工学部
  • 職歴:HAL研究所→任天堂
  • 役職:任天堂社長、任天堂オブアメリカ会長。

北海道札幌南高校は偏差値71の道内屈指の名門校です。
函館ラ・サール高校が偏差値69ですからそれ以上ということですね。

その後、東京工業大学工学部に進んでいますが、東工大も東大に次ぐ難関大学です。
学歴見ても地頭の良さが窺えますね。

家族について

父は室蘭市長を4期務めた岩田弘志氏。
北海道庁の役人から市長になった人物です。
2008年に逝去されています。

岩田氏自身は過去のインタビューの中で妻子がいることを語っています。
お子さんも少なくとも二人はいるようです。

天才すぎる逸話

  • 高校時代、独学でプログラミングをマスターし、ヒューレット・パッカードに自作のゲームを送って、驚嘆された。
  • 1992年、HAL研究所の社長に就任。当時15億円もの負債を抱えていたが、「星のカービィ」シリーズや「大乱闘スマッシュブラザーズ」シリーズをヒットさせ、わずか6年でその負債を完済した。
  • 任天堂の社長に就任後、7年間で売り上げを3倍にした。
  • 「ニンテンドーDS」を開発、ヒットさせた。

まだパソコンの黎明期だった高校時代にプログラミングを独学でマスターしてしまうあたりもハンパないですね。
やっぱり生まれながらの天才っているんですねぇ。

じつはファミコンの「ゴルフ」、「バルーンファイト」の製作にも岩田氏が携わったとのこと。

「ゴルフ」なんて今でも十分に楽しめる名作でしょう。
さすがにまだBGMがなくて無音ですけど、それがまたあのボールをヒットしたときの音と飛んでいったときの音を際立たせるんですよね。
そう言っているうちになんだか無性にプレーしたくなってきちゃいますねw

今後の任天堂のゆくえ

岩田氏が今日の任天堂を躍進させた立役者であることは間違いないでしょう。
しかし、今年の1月の決算発表の場で業績不振を理由に全役員の報酬減額を発表。
「これ」というヒットがここ最近ないのが響いているみたいですね。

まぁ最近は特にDSなんてゲーム機がなくても、スマホでゲームできちゃいますから、この時代の変化に対応できないとつらいでしょうね。

この苦境を天才・岩田氏がどう切り抜けていくのか。
世界に誇る日本のゲームメーカー・任天堂の巻き返しにぜひ期待しましょう。

スポンサードリンク

コメントを残す