日高屋の会長・神田正の経歴・出身校・年収・結婚は?

ラーメンチェーン「日高屋」を運営する株式会社ハイデイ日高の創業者であり現・会長でもある神田正(かんだただし)氏。
ハイデイ日高は外食不況の中でも11期連続増収・増益を続ける好調ぶり。
そんなハイデイ日高の神田会長について調べてみました。

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プロフィール

  • 埼玉県入間郡高萩村(現・日高市)出身
  • 1941年生まれ(73歳)
  • 学歴:日高町立高萩中学校
  • 1978年 有限会社日高商事を設立
  • 1983年 有限会社から株式会社に
  • 1998年 「株式会社ハイデイ日高」に商号変更
  • 1999年 ジャスダック上場
  • 2005年 東証二部上場
  • 2006年 東証一部上場

バリバリの叩き上げ人生

神田会長は日高市の生まれ。
だから「日高屋」だったんですね。

傷痍軍人だったお父さんが働けなかったため、小学校の頃から近くのゴルフ場でキャディーをして生計を支えていたのだそうです。
当時は戦後で、今では想像できないくらいに誰もが貧しかった時代ですね。

お母さんも同じキャディーの仕事をして神田会長含め4人の子供を育て上げたそうで、神田会長もお母さんには大変感謝しているそうです。

中学校卒業後は運送屋、鉄工所、土建屋など様々な仕事を転々としてきたのだそうです。
本田技研の工場で働いたこともあり、正社員にまでなったのだそうですが、半年ほどで飽きて辞めてしまったのだとか。
起業して成功した今となってはホンダの正社員になったことに甘んじないでよかったと言えそうですね。

その後しばらくはパチプロで生計を立てていたところにラーメン屋の店主になる話が舞い込みます。
これがラーメン業界に入るきっかけになったんですね。

このラーメン店は1年で失敗して店を潰してしまったそうですが、次にまた大宮駅前でラーメン店を開業。
駅前の繁華街という立地の良さと当時では珍しい深夜営業を試みたところ、好評を博し大成功
深夜営業という業態は今につながっていますね。

この成功により、実の弟と義理の弟を誘って3人でラーメンチェーンを展開していきます。
この義理の弟さんが現社長の高橋均氏です。

家族について

高橋社長が義理の弟ですので、おそらく社長のお姉さんが神田会長の奥さんだと思われます。

お子さんもいらっしゃるそうですが、ハイデイ日高には入っていないのだとか。
神田会長だけでなく、役員が家族を入社させることはないそうです。

なんでも「会社で一番頑張った人が社長になる」というのが社内のルールなのだとか。
まぁ今時、一族経営なんてことをしていて生き残れるほど甘い世の中じゃないですからね。

情に流されない本質を見据えた経営方針。
神田会長、なかなかに立派な方ですね。

年収は?

ハイデイ日高の株主総会の資料によると、取締役の報酬は「年額1億4000万円を上限とする」とありますので、神田会長も少なくとも1億円以上の年収があるものと思われます。

さらに、神田会長が同社の筆頭株主として約18%の株式を保有していますので、その配当もあるでしょう。

やっぱり一部上場で増収・増益している企業のトップはそのくらいのお金がもらえるんですね。

キャディで日銭を稼いでいた小学生時代を考えれば、貧乏生活から這い上がったまさに“立志伝の男”。

ご高齢ではありますが、「情熱があるうちは辞めない」とも公言しています。
情熱を持った神田会長が君臨し続ける間は、外食不況の中でも日高屋の快進撃は続いていきそうですね。

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